CLOSET in GREEN
序
彼は何でも知っていた。遠くへ消えた私の過去のお話しや、
未来のお話し…全てがその中に詰まり、彼は時々耐えきれなくなると私の知らないうちにはき出す。そのくり返しでこの世界は保たれている。この小さな世界の果てで…
本編
彼の居場所は私の部屋の片隅だ。日も当たらない片隅だ。
そんな彼は私が物心ついた頃には彼は私の傍にいた。そして今もいる。私はそんな彼がいとおしい。
彼とのコミュニケートのとり方はまず真鍮製のクラシカルな把手を握り手前に引く。その把手は私の手の平と第2関節にフィットし、しっとりしていて僅かに冷たい。適度な重みと柔らかささえも感じる。私はそっと、その扉を開けた。すると彼のココロはオープンになり私を受け入れてくれる。彼の中は暗いがとても奥が深い気がした。
漆黒のクロ?否、夜明け前の空の様な神秘的な色に被われている。その先に大きなドット模様の青色と灰色が混ざりあいぐるぐると回っている。その横ではひらひらと気持ちよさそうに白色の絹が舞ってる。
その奥にはボーダー柄の壁が見えた。行き止りなのか?
何だ…何があるんだ…ある種の恋愛感情さえ抱いて…
きっと永久(トコシエ)に広がる宇宙がそこにはあるんだ。そんな幻想さえも抱いて…
私はセイノで彼のココロへ飛び込んだ。すべてを彼に委ねるかの様に。不思議と時間は感じられない。脳には微電流が流れる。手先は妙に暖かい。咽は乾くが、それと反比例するかの様にココロは潤っていく。
意識はあった。寧ろクリアーに感じられた。ノンアルコール、ノンドラッグでぶっ飛んだ衝撃さえ感じられた。
「ここはどこ?」
私は呟いた。するとボーダ柄の壁の一部が開きガサガサと音がしてきた。私は恐る恐る中へ入って行った。
「ようこそ。ここはA-101なのね」
「気分はいかがね?」
私は一瞬目を疑った。私の目の前には奇妙なバケモノ?がいるではないか。右手にはハンバーガー、左手にはペプシコーラーを持ち立っていた。
「あなたは誰?」
するとそのバケモノは愛想笑いをしながら私に言った。
「ワタクシノナマエハ、ペグネリオ」
「ここの住人なのね」
「ここは不思議な世界なのね」
「正式名称はアーリー・ワン・オー・ワン」
「あなたは、はじめてのお客さまなのね」
「では、ペグネリオさん、あなたはここで何をしているのですか?」
「わたくしはここであらゆるモノを浄化しているのね」
ペグネリオは私には壁に思えたボーダ柄のシャツを飲込んだ。
「こうしてキレイにするのね」
「嫌な感情や汚れなどすべて洗い流し、しまっておくのね」
「さあ、わたくしの場所へ行くのね」
ペグネリオは私の手をとりジャンプした。まるで魔法にかけられたかの様に私の体は軽くなり宙を舞った。
そして足元には細い一本の赤い毛糸が遠くまで伸びていた。
「このラインの先側にわたくしの場所があるね」
「一緒に歩きましょうね」
「細い糸だから気をつけてね」
私はなるべく下を見ないようにペグネリオの後を歩き始めた。あたりの風景は先程とは違い眩しいくらい明るく色々な色やモノが目に飛び込んできた。深い深いインディゴに染められたデニムの川、生成りのコットンの様な空ピンストライプ模様にみえる不思議な風の軌跡その中を真直ぐ伸びる赤い毛糸。
「私はペグネリオに掴まりながら前へ進んだ。その場所には大きなプールみたいなモノがあり、たくさんのモノがあった。不思議と私には懐かしく感じられるモノだらけ…
「ところでプールの中のモノはどうなるのですか?」
「最終的には自然に還るのね」
ペグネリオはそう言うとポケットからステッキを取り出した。そのステッ
キは年代物らしく少し色褪せていたが先は鋭かった。しかし、よく見ると象嵌で私の名前が埋め込まれていた。
「ペグネリオさん、なぜステッキに私の名前が…」
「ハハハ、よく気がついたね」
「このステッキはあなたの神経の一部でもあるのね」
するとペグネリオはステッキをプールへ入れかき混ぜてみせた。
「これらのモノはすべて、あなたのモノなのね」
「ほら、よく見るのね」
「このステッキでグルグル回し呪文を唱えれば、そこには、
たくさんの草花が咲き乱れるのよね」
「それはそれはキレイな世界ね」
「だってあなたのすべてが表れるのね」
「赤や青、黄色や時には嫌な色もね、あなたは緑色が一番多い
けどね。でも素敵なのね」
私は少し恥ずかしくなったがうれしくもなった。私は思い出した。私の去年のココロ、昨日のココロ…
ペグネリオはここで私のココロを管理してくれているんだ。
「ペグネリオさん、ありがとう」
「礼には及ばんよ、これはわたくしの生きる術なのね」
「しかしね、あのパッチワークの窓の向こうの場所には 行けないのね」
「なぜかしら?」
「あの向こうには未来のモノがあるからね」
「見たら不安になるだろうね」
「過去のモノだったら知っているから、せいぜい恥ずかしい くらいだからね」と、この場所に招待してくれた訳を教えてくれた。
「ペグネリオさんよろしくね」
「もうお別れなのかいね?」
「そうね、また来てもよい?」
「どうぞね」
ペグネリオは少し寂しそうにこう付け加えた。
「今度、来る時はマヨネーズを持って来てね」
「なぜ、マヨネーズなの?」
「それはね、あなたの緑色の一面にマヨネーズをかけて食してみたいのよね」「きっとおいしいのね」
私はマヨネーズを忘れるだろう。しかし私はペグネリオの事は忘れない。毛むくじゃらで少し意地悪そうな風体をしていているが…
こうして私は再び彼の扉を開けた。A-101の事は秘密にしておこう。私だけが行ける世界。
ましてペグネリオの事は…私の中の彼の中のペグネリオ。
そして私は彼の中からお気に入りの赤いKnitを取り出した。
すると小さな虫喰いの跡が…
「ペグネリオめ~」
私はココロの中で叫んだ。
end
「あとがき」
僕の中にはペグネリオはいる。あなたの中にもいる。ペグネリオのイラストを描いてくれた村上さんに感謝。
この物語りでは奇妙なバケモノだか、色々なカタチで存在すると思う。でなければ僕らは爆発してしまう。自然界の連鎖の様に吸い込んでは吐き出し、そのくり返しで…
例えるなら水。雨が降り大地を豊かにし蒸発して雲になりまた雨が降り出す。ペグネリオもその様な役割の一旦を担っていると僕は信じたい。この話しはわかりやすく、わかりづらいかもしれない。できたら毛穴で読んで頂きたい。
ハハハ
最後に彼は横浜のダニエル家具のアーリアメリカンと言う品名のワードローブをモデルにした。この事は知らせておく必要がありそうだ。
(本書にはペグネリオのイラストはありません。)