Fox Ave.
*私の儀式
花には朝露の貴重な水滴がしたたり仄かに牡蠣の匂いがした。
私はなぜか少しうれしくなり花びらにそっと口をつけその水滴を一滴、頂いた。なんと不思議な匂いで神秘的な水なんだ。大袈裟に言えば私の中の醜いモノが消えていく様な気がした。そうです!
これは森に入るためのイニシエーションの様なモノ。
*森
その森の結界には金髪の看守が立っていた。彼は無表情で何かを守り抜いているかの様に私には思えた。
私はその看守に会釈をして現実の世界から逃げ込むかの様に森へ入っていった。森………深い緑色に曖昧な茶色…
そこは、とある小さな洋服屋さん。
私はその空間がとてもお気に入りだ。
お店にはオーナーの女性が一人…
そうそう看守の男性と二人だ。辺りは素敵な服や雑貨に埋もれていて私をいつもドキドキとさせる。
まるで深い森へ彷徨いなにかに導かれる様に私は白っぽいキャラコ素材のc
ut-and-sewnに手を染めた。
彼女は軽く微笑んで頷いた。
「お似合いね」
ただそれだけだ。余分な…みえみえな形容詞はこのお店(森)にはない。
不思議と彼女は洋服などの商品の話しはあまりしない。パリの犬の話しや、キャンディの話し、シャルル・ド・ゴール空港の話し、昨日見た空の虹の色の話しを楽しげにしてくれる。パリの犬たちはしょうがないらしい堕落的でマナーを知らない。猫好きの私にしては犬の事、それもパリの犬の事などどうでもよかったが、彼女にはホントに犬が好きで耐えられない事なんだなぁと思えた。でもスペインのバルセロナの飴職人が作るキャンディの話しになるととても楽しそうになった。
包紙のかわいさ、手作りのため一つずつ不揃いなキャンディのいとおしさ…なによりもナチュラルな甘味にと彼女の話しは続いた。
「色も化学的な人工色ではないのよ」
「自然にある木や花や空に近い色なのよ」
「そしてどんな濃い色のキャンディもみんな透明感があるのよ」
話しは飛んだ!!!
「でもね、透明感て言ってもあのシャルル・ド・ゴール空港のねガラス貼
りの建築は頂けないわね」
「透明よ…スケスケよ。確かに太陽光はたくさん入り開放感がありよいのかもしれないよ」
「でもね、飛行機を降りて丸見えよ」
「きっと男が考えそうな設計ね」
「私は植物園に来たんじゃないのよ」
彼女の話しは続いた。
「あら、ごめんなさい。私、しゃべりすぎたわね」と彼女は恥ずかしそうに笑い次回は虹の話しをしてくれると約束してくれた。森の住人はとても深い…私はだからここで優しい闇に紛れ込む、森の木々や虫たちと一緒になれる。ひょっとしてここは森ではなく実は作りモノで私は植物園みたいな空間にいるのではないか、と変な妄想をしてしまった。
否、森とは私の妄想に近い想像にすぎない。
「今日はこのcut-and-sewn頂くわ」
「ありがとうね」「また、迷いに来てね」
「そうね」
と私は微笑んだ。出口へ向かうと太陽の陽が徐々にまぶしく感じられて私は看守に会釈をしてこの森を後にした。
*キノコな感じ
それから、北へ向かった。大きな通りを横切り少し静かな感じになってきた。
時折、猫が通りを抜ける。
私は一軒の家具屋の前で立ち止まった。ショーウインドには大きなウォルナットのテーブルがありデザインの違った椅子が揃えてあった。私は深呼吸をしてそのお店のドアを開けた。
「少し見せて下さい」
「いらっしゃい」
店員らしき男性が出てきた。彼は手に小さなジョウロをもっていた。そしてそのウォルナットのテーブルに水をかけた。するとテーブルからキノコが…私は少し怖かったが彼に話しをしてみた。
「テーブルにキノコが生えてますよ」
「奇麗(キレイ)でしょ」
「いいのですか?」
「いいのですよ。このテーブルが生きている証拠です」
私は思わず失笑した。
「ところで君、いやお客様はどちらから来られたのですか?」
「私は森へ寄って来ました」
すると彼は
「この椅子に座ってテーブルの天板に手をあてて下さい」と言った。
私は彼に言われるままキノコがまだ生えてない部分にそっと手をあてた。
森の中にいた君にはキノコの胞子が付いている。明日の朝になれば君のキ
ノコが生えてくるよ。このテーブルは色々な人が触っていてその人の感情や願いがキノコになって生えてくるのだよ。
「君のキノコはどの様な形をしてどの様な色をしているんだろうね」
この前は失恋した女性が…
その前は神父さんが来たんだよ。
でもね、神父さんのキノコは僕には毒々しくて見れたものじゃなかったんだよ。でもね、その失恋した女性がそのキノコがとても美しく感じられたのね。不思議だね。人間てね。
私は先程の怖さが変な希望に変わっていって明日、私のキノコが見たくなった。
「明日、見に来てもよいですか?」
「今夜は多分、雨になるから明日の朝には生えていると思うよ」
なんなんだ『ココ』は
しかし私はうれしい気持ちになった。
そのお店をでると今度は南に向かって歩きだした。
歩きながら想像した。ありきたりな色とかだと嫌だなぁ。
*ケーキ&カフェ
また私は森の方へ向かって歩いているのだが、その途中に太り気味の黒猫に後をつけられているのを感じた。いつからなんだ。私のいじわる感が疼いた。私は黒猫を撒くため、とある喫茶店に入った。
店内は感じがよさそうだが店の人は感じが悪そうだった。
店内にはたくさんのダンボールが山積みにしてあり雑然としていた。しかしショーケースにはきれいなケーキがたくさん…
私はすべてを許しダンボールを掻き分け席についた。
「すみません、ケースの中のガトーショコラと…あと飲み物は何がありますか?」
「今、忙しいので飲み物はエスプレッソしかありませんの」
まあいいか。
「ではエスプレッソとガトーショコラを頂けますか」
お店の人は何も言わず厨房の方へ消えて行った。
まあいいか。
私は少し疲れた。花の雫からはじまり森に彷徨いキノコのテーブル、そして猫につけられ今こうして、ここにいる。そしてコーヒーとケーキを待っている。窓の外を覗くと例の太り気味の黒猫がうろうろしている。
嘘ではじまり嘘がホントになり常識が常識ではなく私の頭の中はグルグル巡る。私は徐々に眠たくなってきた。
せめてケーキが来るまでは寝るわけにはいかない。待つこと10分…
黒なモノはやってきた。濃色のコーヒーにチョコ色、
白いお皿に黒なモノ。きれいだ。私は一口食べた瞬間……
すべては解放された。なんておいしいの。こんなに黒いのに。あんなに無愛想なのに、、、、、、
いや、寧ろ無愛想でよいや。私はココロの中で呟いた。私はこの感激を何かに感謝したくなり、ここへ導いてくれた太り気味の黒猫にお礼を言おうと窓を開けた。すると太り気味の黒猫はもういない。残念だ。
「え」
私は絶句した。その太り気味の黒猫はこのお店の飼猫だったのだ。私のテ
ーブルの後ろでブリキの器になみなみとミルクが…美味しそうに舐めているのではないか。それはあの無愛想な店の人の策略?それとも猫のかな営業活動?たんなるポン引き?
でも仕事をやり終え満足そうにミルクを舐めている猫の顔をみたらどうでもよくなった。私はココロもココロも満足し席を立った。
明日は森のcut-and-sewnを着て私のキノコを見に行きこのお店でショーケースの片隅に置いてあった鰹(bonito&bonita)という名の焼菓子をこの黒猫と食べようと思った。外に出ると辺りはすでに暗くなりかけていた。
私は今日の出来事を大切にバックに終い、その興味深いお店が点在する通りをまた歩きだした。私は思った。この通りを FOX AVENUE と名付けよう。この通りには様々な色や匂いや刺激が落ちている。けして絵具では表せない色で…
それは、得体の知れないモノである。
私はポケットからタバコを出してそっと火をつけた。
end
「あとがき」
まずこの物語りの主人公の「私」に僕は感謝したい。
僕の想像力をかきたててくれた。話しに登場するお店は一応は
実在する。どこにあるかは秘密の内緒だが、それらのお店にも感謝したい。FOX Ave.そこはけして特別な所ではない。善とか悪とか虚とか実とかもない。そんなフラットな場所にしたかった。偉そうに言ってしまえば答えはなくすべてが答えだ。
最後にキノコが生えてきたテーブルは
「草間彌生」の作品からインスピレーションを受けた。